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東京高等裁判所 昭和62年(う)613号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平松和也作成名義の控訴趣意書及び同補充書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林永和作成名義の答弁書(ただし、一枚目裏の八行目に「ということはできず、」とある次に「かつ、左右の見とおしの悪い交差点に入ろうとしたのであるから、」を加える。)に記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判示第二の事実について、原判示の交差点を直進しようとした被告人には、減速除行をして左右の安全等を確認し、そのうえで進行すべき業務上の注意義務がないのに、本件事故現場の道路状況についての認定を誤り、ひいて右注意義務があるとした原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、本件事故は、被告人が普通乗用自動車を運転し、原判示の道路を時速約三〇キロメートルで進行して、本件交差点にさしかかつた際、夜間で交通も閑散であつたため、減速徐行することなく、そのままの速度で進行したところ、折から右道路に交差する左方道路から進行して来た被害者運転の原動機付自転車と右交差点内で出会い頭に衝突したというものであること、右交差点は、被告人の進行した幅員約五・九メートルの道路と被害者の進行して来た幅員約四・〇メートルの道路とがやや変則的ではあるが十字に交差しているうえ、交通整理が行なわれておらず、しかも左右の見とおしの悪い場所であること、被害者の進行して来た交差道路には本件交差点の手前に一時停止の道路標識が設置されていることが認められる。

ところで、右のような事実関係のもとにおいて、被告人の進行した道路が被害者の進行して来た交差道路に比し、明らかに広いものといえるか否かは、にわかに決し難いところである。そして、仮に明らかに広い道路であると認められるにしても、昭和四六年法律第九八号により改正された道路交通法四二条一号には、「車両等は、左右の見とおしのきかない交差点に入ろうとし、又は交差点内で左右の見とおしのきかない部分を通行しようとするとき(当該交差点において、交通整理が行なわれている場合及び優先道路を通行している場合を除く。)は、徐行しなければならない。」と規定されているのみで、明らかに広い道路について特に徐行義務を免除する旨の規定が設けられていないのであつて、明らかに広い道路の通行車両には徐行義務がない旨の後記昭和四三年最高裁判所判決の存在にもかかわらず、右のような道路交通法の改正がなされた経過に鑑みると、同法四二条一号の括弧書きによつて徐行義務が免除されるのは、交通整理が行なわれているか、優先道路を通行する車両等に限られ、明らかに広い道路を通行する車両等には、その徐行義務は免除されないものと解するのが相当である。

所論は、交通整理の行なわれていない交差点にさしかかつた際、交差する道路が明らかに狭く、あるいはその道路に一時停止の道路標識が設置されている場合には、あえて一時停止の道路標識を無視し狭い道路から広い道路へ進入して来る車両のあることまで予見して徐行すべき義務が存しないことは、判例上確立された解釈である旨主張するが、所論に副う最高裁判所昭和四三年七月一六日判決(刑集二二巻七号八一三頁)は、昭和四六年法律第九八号による改正前の道路交通法三六条、四二条について示された解釈であつて、改正後の同法四二条に関する解釈の先例とはなり得ないものというべきである(最高裁判所昭和五二年二月七日決定・刑事裁判集二〇三号七一頁参照)。

そうだとすると、本件の場合、被告人は、本件交差点を直進するに当たり、減速徐行したうえ、左右の安全等を確認して進行すべき業務上の注意義務があつたものというべきであり、そして、その業務を尽くしていたならば本件事故が発生しなかつたことは証拠上明らかである。

以上によれば、被告人につき原判示のような注意義務違反を認定し、業務上過失傷害の罪責を肯定した原判決の事実認定ならびに法律判断にはなんら誤りがなく、所論のような事実の誤認はないといわなければならない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千葉 裕 裁判官新田誠志 裁判官山田公一)

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